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常設展示室

第1展示室:読谷村と沖縄戦

第2展示室:抑圧された占領下の時代

第3展示室:基地の中のむらづくり

テーマ1:復興にむけた新たな歩み

テーマ2:村民の戦後生活

テーマ3:行政文書から見た村づくり

テーマ4:米軍にほんろうされた農民 −土地の再接収−

第4展示室:基地の中に打ち込んだ文化のくさび

第5展示室:平和村づくりの推進

第6展示室:21世紀グランドデザイン

広く

深く

 

2.艦砲の喰え残さー −生き残った人々の暮らし−

■解説文

 アメリカ軍が上陸してすぐに、捕虜になった人々は各地に設置された「収容所」に送り込まれました。荒れ狂う「鉄の暴風」をくぐり抜け、家族や友人を亡くし、うちひしがれた沖縄の人々にとっては、収容所生活も安堵としたものではありませんでした。雨露をしのぐだけのテント小屋に押し込められ、地面に枯れ葉をしいただけの収容所での暮らしは、わずかな食糧で毎日を暮らさなければならず、栄養失調やマラリアなどの病気などで亡くなる人も多かったのです。難民収容所にいた人々は、1945年10月ごろから徐々にそれぞれのふるさとへ帰ることが許されましたが、読谷村には飛行場をはじめとするアメリカ軍施設が多かったため、帰村がおくれました。ほとんどの集落が軍用地にとられていたため、やむをえず他の地域へ移り住み、村の再建に取り組みました。

■写真解説

読谷村民の収容されていた所

仮収容所

収容所に集められた住民

 

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更新日:2008年3月18日