■解説文
国民全体が一致して同じ態度や行動をとることを挙国一致といい、日本では日中戦争前から第二次世界大戦で敗戦するまで続きました。政府の方針に異を唱え対立する勢力を弾圧し、国民全体を同じ道に進ませ、態度や行動も一致して事をおこなうことをいいます。1940年に東京の宮城前広場で「紀元2600年式典」奉祝の祝典が開かれ、5万人ちかくが出席しました。東京のあちこちで「紀元2600年」の奉祝歌が歌われ、各地で祝典が開かれました。 このころ中国では、戦線は拡大し長期化して日本軍は思うように戦果をあげることができずにいました。国内では国民の生活は必需品まで配給制になり、米や炭まで自由にならず正月の酒まで足りませんでした。予定されていた東京オリンピックや万国博覧会が中止となり国民の不満はこの奉祝で愛国心として盛り上げ、戦争拡大への道をそれまで以上に加速させていったのです。 |