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常設展示室

第1展示室:読谷村と沖縄戦

第2展示室:抑圧された占領下の時代

第3展示室:基地の中のむらづくり

第4展示室:基地の中に打ち込んだ文化のくさび

第5展示室:平和村づくりの推進

第6展示室:21世紀グランドデザイン

広く

深く

テーマ1:深く −琉球処分−

テーマ2:深く −帝国主義の展開−

テーマ3:深く −第一次世界大戦と日本の情勢−

テーマ4:深く −アジア・太平洋戦争への道−

テーマ5:深く −第二次世界大戦−

 

1.大日本帝国憲法

■解説文

 1889年2月、明治政府が制定・公布した憲法で明治憲法・旧憲法ともいわれます。明治新政府は自由民権運動が広がるなかで国会開設を迫られ、憲法の制定も急がれていましこのころ民間でも憲法草案がさかんに提出されましたが、その中でも土佐出身の植木枝盛の私案憲法「日本国国憲案」は人民主権・普通選挙権(婦人参政権を含)などは進歩的で政府に大きな刺激をあたえました。政府は国会開設までに憲法を制定するために、欧米の憲法を学びに伊藤博文たちを派遣しました。伊藤はドイツ・プロイセンの立憲君主制が日本の国体に適合するとしました。帰国後秘密裏に憲法草案は作成され、天皇と内閣に大きな権限をもたせた絶対主義政権は日本の国民の声をとざすかたちで誕生しました。「大日本帝国憲法」の成案は国民の代表がいる議会で審議しないまま、枢密院をへて、天皇が人民に憲法をあたえるという欽定憲法として国民のまえに示されました。1947年5月3日、「日本国憲法」が施行されるまで一度も改正されませんでした。

■写真解説

おもな私擬憲法

大日本帝国憲法と日本国憲法

大日本帝国憲法下の政治機構

 

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更新日:2008年3月18日