■解説文
1919年フランスのパリで、米・英・仏・伊・日が主体になって開かれた会議。第一次世界大戦後の帝国主義体制の再編成で、アジア・アフリカの反植民地主義の抑圧とドイツの戦争責任への賠償金・全植民地の剥奪などが締結されイギリス・フランスなどに有利に進められました。ウィルソン(米)の主張した「14か条の原則」は理想主義としてゆがめられましたが、「諸国家の連合組織形成」と「民族自決」の原則は実現しました。 ベルサイユ条約によって創設された国際平和機構である「国際連盟」は国際協力を促進し、国際の平和と安全を維持することを主目的としたもので、全世界の国と機関を目標につくられた国際平和機関でした。しかし、アメリカが加盟しなかったことや中国が調印を拒否したこと、ドイツに大きな不満を残したことなどで国際連盟の権威は尊重されませんでした。極東および環太平洋の問題はワシントン会議(21・22)で諸条約が締結され、第一次世界大戦後のこの地域の国際秩序をワシントン体制とよびました。 |