VILLAGE YUNTANZA

やちむん

ヤチムンの郷

ヤチムンの郷

かつて古窯「喜名焼」があった読谷。琉球王朝時代に王府の命により各地の陶工は那覇の壺屋に集められ、喜名焼は途絶えてしまいました 。しかし、1972年の金城次郎氏の招致と、米軍不発弾処理場撤去闘争の中から、軍用地の跡地利用として「ヤチムンの邑」構想が生まれました。1978年の軍用地の返還に伴い4人の陶芸家が、沖縄の伝統的なヤチムンのあり方を求めて共同登り窯を造るなど、本格的な窯場づくりを始め、1980年、読谷山焼の初窯出しが実現しました。その後、そこで修行を積んだ陶工4人が独立し、読谷山焼北窯として新たな展開を繰り広げています。現在では、「ヤチムンの里」を中心に村内各地に68の工房があり、県内有数のヤチムンの産地として多くの作品を産み出していいます。

読谷山焼共同登り窯

読谷山焼共同登り窯

現代の名工 新垣榮用氏

現代の名工 新垣榮用氏

火入れの様子

火入れの様子

火入れの様子

登り窯の火入れは経験をもとに薪をくべ、火力を調整し、ヤチムンを焼きます。県内最大級13連房の登り窯を擁する北窯は年に4回、登り窯による火入れを行っており、ガスや電気窯とは焼き具合が異なる 、味のあるヤチムンを作り続けています。

テキストが入ります

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人間国宝・名誉村民 金城 次郎氏

人間国宝・名誉村民
金城 次郎氏

1991年12月3日生ー2004年12月24日没

1985年4月、国の重要無形文化財「琉球陶器」の保持者である人間国宝として認定を受け、名実ともに日本を代表する陶芸界の巨匠と認められました。

やちむん

卓越した技量と素朴でおおらかな人柄は、その作品とともに誰からも親しまれ、愛されています。1989年8月「名誉村民」となりました。

読谷の窯元

読谷の窯元